不妊治療を見つめて20年、変わる社会と「納得」のゆく人生――NPO法人Fineが守り抜くピアサポートの本質《後編》

不妊治療の現場では、医療技術の進歩や保険適用の開始といった明るいニュースがある一方で、当事者が直面する「心の揺らぎ」や「社会との摩擦」は今もなお切実な課題として存在しています。

医療だけでは解決できない孤独に、どう寄り添うべきなのか。その答えの一つとして、NPO法人Fineが20年間大切に守り続けてきたのが「ピアサポート」という仕組みです。

対談後編では、理事長の野曽原誉枝さんに、同じ経験をした「仲間(ピア)」だからこそ提供できる支援の本質や、全都道府県に相談員を配置したいという目標の裏にある強い想いについて伺います。

さらに、治療の先にある多様な家族の形として注目される「養子縁組・里親制度」への取り組みや、若年層に向けたリテラシー教育の重要性についても深く掘り下げます。

「納得して次の人生へ進める社会」を作るために、Fineが今、どのようなビジョンを描いているのか。その具体的な活動の現在地と、未来に向けた挑戦に迫ります。

「頑張れ」と言わないピア(仲間)の温もり

香織:Fine様の活動の柱である相談事業について伺わせてください。自治体や県の窓口でも不妊相談は行われていますが、Fine様ならではの強みや役割はどこにあるとお考えでしょうか。

野曽原:はい、私たちは「ピアサポート」であることを何より大切にしているんです。「ピア」とは仲間、つまり自分自身も不妊を経験した人ということです。自治体の窓口では助産師さんや保健師さんが相談を受けられることが多いですが、私たちの相談員は、自ら不妊を経験し、さらに1年以上のトレーニングを積んで認定を受けた人です

香織:専門家によるアドバイスと、同じ経験をした仲間による対話。そこにはどのような違いがあるのでしょうか。

野曽原:かつての相談現場では、良かれと思って「大丈夫よ、あなた若いんだから」と励まされ、逆に傷ついて帰ってくるというミスマッチがよく起きていました。若くてもできないから悩んでいるのに、その気持ちが置き去りにされてしまう……。私たちは、不妊治療のサイクルごとに生まれる細かな感情の揺れや、受精卵ができたかどうかといった結果の違いを、実際に経験しています。

香織:相談者のことを思って、あえて「アドバイスはしない」というスタンスを徹底されているそうですね。

野曽原:そうなんです。不妊治療は非常に個人差が大きく、誰かの成功体験がそのまま他人に当てはまるわけではありません。だからこそ「これをやるといいですよ」とは言わず、相談者様が自分の気持ちや希望に自ら気づき、納得して次の一歩を踏み出せるよう寄り添うことに徹しています。「同じ経験をした人に、ただ話を聴いてほしい」という切実なニーズに応えることが、私たちのコアな役割ですね。

全都道府県にカウンセラーを。20年続く「誠実な」養成の裏側

香織:Fine認定 不妊ピア・カウンセラーの養成についても伺いたいのですが、1年1期の養成体制を築かれ、現在まで20期も続いていると伺い驚きました。養成にはかなり力を入れていらっしゃるのですね。

野曽原:実は、ピアカウンセリングといっても、単に「体験者だから話を聴ける」という仕組みにしているわけではないんです。カウンセラーを目指す方々は、自分の体験を1年かけて徹底的に掘り下げ、消化させていくというプロセスもあります。「あの時なぜあんなに悲しかったのか」と、一度蓋をした経験をあえて開ける作業ですから、人によってはフラッシュバックを起こすこともあります。

香織:皆様、目を見張るほどのご覚悟で目指されているんですね……。そこまで厳しく自分と向き合う必要があるのは、なぜでしょうか。

野曽原:相談員が自分の経験に引きずられ、相談者と一緒に泣いて倒れてしまっては、サポートにならないからです。感情移入しすぎず、かつ冷たくならずに寄り添うには、まず自分自身が「自分の足で立てる」ようにならなければなりません。生殖心理カウンセラーの平山史郎先生という第一人者の指導のもと、「対応を間違えたら命に関わる」という危機感を持って人材育成にむきあっています。

香織:現在、Fine認定 不妊ピア・カウンセラー認定者は全国に188名(※注1)いらっしゃるとのことですが、今後の目標はありますか。

野曽原:理想は全都道府県に少なくとも1人は認定者がいる状態です。自分が住む地域に「相談できる誰かがいる」とわかるだけで、人は安心します。今すぐ相談しなくても、何かあった時のセーフティネットとして機能することも考えられますしね。まだ全ての都道府県にFine認定 不妊ピア・カウンセラーがいるわけではありませんが、少しでも早く北海道から沖縄まで、この「安心のネットワーク」を広げていきたいですね。

※注1:2026年3月現在。

治療の先にある「家族の形」。養子縁組・里親への扉

香織:Fineさんの活動は、不妊治療の支援に留まらず、里親制度や養子縁組にも広がっていますね。この分野に注力し始めたきっかけは何だったのでしょうか。

野曽原:実は、養子縁組・里親についての取り組みも、長年の課題だったんです。養子や里子の申請をする方の多くが不妊治療の経験者だというデータはありましたが、「実子が欲しい」と頑張っている当事者にその話を届けるのは非常に難しくて。転機は数年前、入会したばかりのメンバーが「海外まで行ったけれどダメだった。ここで無理なら養子を迎えたいが情報がない。Fineでやりたい」と言ってくれたことでした。

香織:当事者の切実な声が、新しいチームを動かしたのですね!

野曽原: はい。そこから、すでに養子を育てている人や里親をしているメンバーが繋がり、チームができていきました。最近では「里子や養子として育った当事者(子ども側)」の声を聞くイベントも開催しました。これまでは親側の視点ばかりでしたが、実際に育てられた子供たちがどう感じているのかを知ることで、より多角的に「家族の形」を考えられるようになりました

香織:ピアサポートという土台があるからこそ、こうした新しいコミュニティも自律的に生まれていく……素晴らしい発展です!

野曽原:ありがとうございます。私たちは何をやっていいかわからない状態から、まずは斡旋団体の方に話を聞くことから始めました。不妊治療の「その先」にある選択肢を、特別なことではなく、一つの地続きの未来として提示できるようになったことは、団体としても大きな前進だと感じています。

「知らなかった」という後悔をなくす。納得感のある終止符を

香織:海外の当事者団体とも共同アンケートを行われたそうですが、日本と海外で意識の違いなどはありましたか。

野曽原:その件ですが、実は興味深いデータがあるんです。日本とオーストラリアとの比較ですが、日本では企業側が「妊活について支援を頑張っている」と言い、当事者が「足りない」と言うギャップがあるのに対し、オーストラリアは逆だったんです。企業が「まだまだ支援をしなくては」と言っているのに、当事者は「十分やってもらっている」と。

香織:とはいえ、日本とオーストラリアの企業が行っている妊活支援は、さほど違いはないと聞いています。受け取り方の違い、国民性が如実に出ているということでしょうか?

野曽原:そうですね。でも、一番大事なのは本人の「納得感」なんです。私たちが最も避けたいのは、何年も経ってから「あの時知っていれば」「もっと早く教えてほしかった」と後悔すること。そのためには、外見は若く見えても身体の中の生殖機能は変わらないという事実を、若いうちから知っておく必要があります。「納得して治療を終える」ためのサポートも、実は大事なことですから。

香織:なるほど、妊活を終えていくためのサポートですか。

野曽原:はい。治療を辞めるという決断をした時、前を向いて次の人生に行けるかどうか。後悔してはいけないということではありません。でも、どれだけ自分で情報を持ち、自分で選択することができたと思えるかが大切だと思います。自分で決められる部分をしっかり決めておくことが、不妊治療という荒波の中で自分を失わないコツだと感じます。

香織:その通りだと思います。ママやパパがどう幸せになっていくか、そこに焦点を当てると、不妊治療の着地点をどうとらえるかで、その後の人生が左右されますよね。最後に、Fine様の今後の目標を教えてくださいますか?

野曽原:社会課題をゼロにすることは難しいかもしれませんが、こぼれ落ちてしまう人を一人でも減らしたい。団体として存続すること自体が目的ではありませんが、必要としてくれる人がいる限り、私たちはここにあり続けます。そして、一人ひとりが「自分の人生の選択」に納得できる社会を、皆さんと一緒に作っていきたいと思っています。

香織:今日は本当にありがとうございました。Fineのお志がさらに多くの当事者の方へ届くよう、私たちも微力ながら応援し続けさせていただきます。

誰もが自分の人生に「納得」できる未来へ

不妊治療の道のりは、単に「子供を授かる」ことだけがゴールではありません。

野曽原さんが語った「ピアサポート」の本質とは、同じ痛みを共有する仲間が寄り添うことで、当事者が自分自身を肯定し、自らの足で次の一歩を踏み出す力を取り戻すことにあります。

それは、たとえ治療の結果がどのような形であっても、本人が自らの選択に「納得」できる人生を歩むための、最も重要な伴走と言えるでしょう。

また、活動の広がりは養子縁組や里親制度といった「家族の形」の多様化にも及んでいます。

当事者発信で生まれたこれらの取り組みは、血縁を超えた新しい愛の形を提示し、社会にさらなる選択肢を広げていきました。

「知らなかった」という後悔をなくし、誰もが自分の人生をコントロールできる社会へ。

20周年を迎えたFineが描き出す未来は、不妊に悩む50万人の当事者にとって、暗闇を照らす確かな「灯」であり続けています。

【プロフィール】

NPO法人Fine(ファイン)
不妊体験者支援団体。2004年の設立以来、延べ数千人の当事者が「一人で悩まない社会」を目指し活動。不妊・不妊治療の当事者へのピアカウンセリングや情報提供、実態調査に基づく国への政策提言を柱とする。治療の「その先」にある養子縁組・里親制度の普及にも尽力。当事者の心に寄り添い、不妊を経験しても納得して次の人生へ進める社会づくりを牽引する。

伊東香織(いとう かおり)
株式会社TIGER 専務取締役。創業35年以上のルイボスティー専門メーカーにて、商品の企画開発・広報を担当。自身の不妊治療、4人の子育ての経験に基づき、「妊娠中も、子育て中も。ママの暮らしに寄り添う」をコンセプトに、女性の心と体に寄り添う製品づくりと情報発信を積極的に行う。

Q&A

Fineの「ピアカウンセリング」は一般の相談窓口と何が違いますか?

最大の違いは、相談員全員が不妊体験者(ピア)であることです。自治体の窓口では専門職による「正論」や「励まし」が負担になるケースもありますが、Fineでは同じ痛みを知る仲間が寄り添います。1年以上の厳しいトレーニングを経て、自分の体験を消化した認定カウンセラーが、アドバイスではなく「本人の気づき」を支援します。

不妊治療以外にどのような選択肢(家族の形)を支援していますか?

Fineでは「養子縁組」や「里親制度」の普及に注力しています。当事者発信で生まれた専門チームがあり、養子を育てている親の視点だけでなく、里子として育った子供側(当事者)の声を聴くイベントなども開催しています。治療の「その先」にある多様な家族のあり方を、一つの選択肢として提示しています。

海外と比べて日本の不妊治療環境はどうなっていますか?

Fineが実施した海外共同アンケートによると、日本では企業側が「支援している」と感じる一方で、当事者は「足りない」と感じる意識のギャップが顕著です。オーストラリア等では逆に当事者の満足度が高い事例もあり、制度の有無だけでなく、社会や職場の「受け取り方」や「納得感」に課題があることが浮き彫りになっています。

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